ロクシタンWe Act投票による寄付金を活用した「伝統技術の継承」への取り組み

漆器づくりは、実に多くの職人と伝統的技術によって下支えされている。ウルシを育てる人、ウルシを搔く人、ウルシを精製する人、製作の工程では木地師、下地師、塗師、蒔絵師……。各々の技術や経験、知識が集約されて、高い品質の漆器は出来上がる。さらに漆搔きカンナや刷毛、筆など、彼らが使う道具を作る人、その道具の道具を作る人まで、実に多くの職人や技術に支えられている。その中で、これを作ることができるのは日本でただ一人、という人が少なくない。誰一人欠けても成り立たない、綱渡りのものづくりの世界である。

ロクシタンが6月を「Sustainability Month(サステナ月間)」と定めて行うWe Act投票「ロクシタンと一緒に、人と地球を考える。」に、ウルシネクストは今年も「伝統的技術の継承」でエントリーさせていただいた。

「職人技術によって作られた芸術品には、実用性を兼ね備えた美しいものがたくさんあります。失われつつある『職人技術』を世に広めることで、次世代に引き継いでいきたいと考えています。」

ロクシタンの社会へのコミットメントであり、想いである。

陶磁器、木工、染織品、和紙、ガラス細工、鉄器など日本を代表する様々な継承すべき伝統的技術がある中で、漆の分野でエントリーするウルシネクストとして、この機会をどのように活かしていくべきか。

何か困っているモノを支援すると助かるといった簡単な話ではない。投票者の想いを職人に届け、こういう職人が漆器づくりを支えているんだ、ということをより多くの人に知ってもらう、インターフェースの役割を果たすことではないかと思っている。

最高品質の「駿河炭」をつくる職人を訪ねる

昨年のWe Act投票の結果を携えて、今年の2月、福井県おおい町の「名田庄総合木炭」を訪れた。漆の伝統工芸を代表する輪島塗の製作工程に欠かせない、研磨用の最高品質の「駿河炭」をつくる職人、木戸口武夫さんの工房である。NHK BSのドキュメンタリー番組「最後の○○~日本のレッドデータ~」を観たのがきっかけであった。ちょうど輪島の漆器屋さんとあるプロジェクトを進めていたタイミングで、この駿河炭のことが頭に残り、気になっていた。

電話で連絡をした後、すぐに現地を訪れた。木戸口さんご夫妻がご丁寧に出迎えてくれた。一目でお人柄が分かる素敵なご夫婦である。実際にお会いしてWe Act投票の主旨や、寄付金を活用して駿河炭を続けていくためにお役に立てることを支援させていただきたい、といったことなどをお話させていただいた。

木戸口さんは恐縮しながら、「遠路はるばるお越しいただき、さらに支援のお話までしていただいて、そのお気持ちだけでも大変嬉しい。同じ漆関係に携わるものとして、心強く、元気を頂きました。ご支援云々は別として、今後の業界発展、技術の伝承などの課題は多く、私も出来るところから頑張りたいと思っています。私たちは今、何とか頑張っていけているので、もっと困られている方がいらっしゃれば、是非そちらを優先してください」と、丁寧でやんわりとした受け答えであった。いきなり訪れて、支援したいと申し出たのだから戸惑われても無理はない。

その後、駿河炭づくりのことやウルシネクストの活動のことなどをお互いに話しながら、We Act投票は、何よりロクシタンのファンを含め、4,584票もの多くの方々の気持ちのこもったご寄付であることと、その成果を投票してくださった方々にお伝えして、「伝統技術の継承」活動の応援に繋げていくためにも、是非木戸口さんへの支援を突破口にしたいということをお話しし、「漆関係の多くの技術が、皆さまの応援によって守られていくことにお役に立てれば」ということで快諾をいただいた。

というのも、木戸口さんがご苦労されている実例を挙げていただきながらこれまでの支援のあり方を伺っていると、支援がすべて有り難く、良い面だけかというと、どうもそうではないらしい。

「私たちがもっと努力できることをやらなければならない。常にお客さんに必要とされる炭を作れるよう技術と経験を磨いていかないと、技術は継承されていかないんです」。

助成金や補助金、寄付などの支援は大変有り難いけれど、生き残るためには支援に頼らず、製炭技術に磨きをかけていくことこそが大原則、という心構えを忘れないための、ご自身の戒めでもある。

駿河炭の原木「日本油桐(にほんあぶらぎり)」

駿河炭は、もともと静岡で作られていたことからその名が付けられた。駿河炭の原木は「日本油桐(にほんあぶらぎり)」。以前 は島根県や石川県でも取れていたようである。杉や檜を植えない海岸沿いや山の急峻な場所に多い。日本油桐の別名は福 井県では「ころびの木」と言われ、急峻なところに生えていて、種が転がって谷に落ちることから付いた名前だそうである。転がって条件の悪い場所で生えても、実生の木は移植は良くないとされ、そのままの場所で成長する。

日本油桐の原木の切り出しは、ご夫婦二人で行っている。どのあたりに木があるかは、定期的に山を見てあらかじめ目星は付けてある。ただトラックや重機が入れない地形のため、集材のためには小型ワイヤーロープ用ウインチが欠かせない。

原木を集材する際、搬出場所は国立公園や国定公園のところが多く、搬出方法(ジグザグ集材)が限られる。地権者などからの了解を得て、切り出しルートを定め、1個5kgもある滑車を何個も取付けながら、500~1kmのワイヤーを張り巡らす。準備だけで1シーズンかかるという。そのため切り出し作業は冬を越して次の年に行う。

木戸口さんが山側で原木を玉切りにしてワイヤーに吊し、奥さんが集材場所でウインチを操作し原木を下ろす。太い木の場合は、運びやすくするため、お二人で玉切りの後さらに薪割りを行う。

とてつもなく時間と労力がかかる作業である。しかし日本油桐を集材するためのこの方法は、山の環境に配慮した最も適した集材法らしい。

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ちなみにこの集材に欠かせないウインチは、製造するメーカーがすべて撤退してしまい、今は部品すらない。集材は危険を伴う作業のため、特にブレーキは非常に大事である。安全上常に正常な状態で使用できるようにするため、何とか自分たちの代まではもって欲しいと願いながら、都度修理しながら使っている。

あまりに重労働のため、ご夫婦で「いつまで山に入る?」と毎年確認し合っているそうである。

1年にたった1回の駿河炭づくり

切り出した日本油桐の原木は、2年間工房の敷地内で積み上げ乾燥される。

駿河炭づくりは他の炭と作り方が違い、専用の窯で年にたった1回、5月にしか行わないということで、5月の炭づくりの現場に、ロクシタンの方々と特別に立ち会わせてもらうことになった。

立ち会ったのは5月6日~8日の3窯目。窯に炭を入れてから炭出しまで3日間かかる。昼夜問わず窯の様子を見るために、工房の横に自宅を建てている。窯の熱が下がらないよう続けて炭づくりを行うため、5窯分の駿河炭を作る場合は延べ15日間休み無しの連続作業になる。

木戸口さんによると、「駿河炭は1年に1回しか作らないため、技術を忘れてしまう。失敗したらこれまでの苦労が水の泡になるし、収入がゼロになるため、毎回緊張する」らしい。

乾燥させた原木を窯に入れ、後は外から薪に点火して熱風を送り込み、窯から出る水蒸気の様子を見て調整をしながら 窯を塞ぎ、炭入れ作業完了である。

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後は炭出しまでの2日間、常に水蒸気の出方や色などを確認する。これで窯の中の様子が分かるという。

炭入れ後、時間に少し余裕が出来た頃合いをみて、駿河炭づくりについて、またお話を伺った。

「駿河炭の価格は高いと言われているが、労力にはまったく見合っていない」とのことで、まったくその通りだと思った。「夫婦二人でやっているので何とか成り立っているだけ。それでも続けられているのは、もともと炭づくりが好きでこの世界に入ったのと、自分が作る炭が無くなると困る人たちがいるから」とのことであった。

研磨用の用途だけを考えれば、価格的にも安い人口砥石やクリスタルでも代用できるし、サンドペーパーも高い番手のものが出ている。しかし、本物を使ってこそ身につく技術がある。漆の塗面を平らにする研ぎの工程では、曲面磨きも含め、クリスタルやサンドペーパーなどの化学物質では十分でない。木戸口さんの炭でなければ出来ないからこそ必要とされている。

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「本物の材料を使わないと技術が身につかないという理由で、ここ10年、学生の漆芸家の卵にも多く使ってもらえるようになった。価格を何とか維持しているのも、上げると学生さんたちも困るし、技術を磨くためにも駿河炭を使って欲しいですからね」というのが木戸口さんの想いである。

後継者について伺ったところ、文化庁の支援で研修生を受け入れており、5月の窯入れは息子さんが研修生として参加されたとのことであった。普段はサラリーマンをしているため、生計のためにも完全に仕事を継いでもらうことまでは考えていないようであるが、技術は継承しておきたいという、親子であり師弟の願いからである。

今回炭入れから炭出しまでの3日間しか立ち会っていないが、原木切り出しからの一連の作業を伺った後では、この炭づくり自体を完全に受け継げる人はいるのだろうか、とさえ思ってしまう。それだけ過酷で忍耐のいる作業だとつくづく感じた。最近では、職人の技術や思考をAIで分析・可視化して継承に繋げる取り組みなども試行されているが、リアルの現場では、やはり「人」の経験知に勝るものはない。

木戸口さんも、「まだ60過ぎだし、家も建てたばかりだし、あと20年は何とかやらないと」と笑っていた。

3日目の炭出しの日。煙道口から出てくる白煙が青みを帯び、透明になってきたら炭出しの合図である。

窯の口開けをして赤白色の炭を取り出し、床に掘り込まれたサイロに入れて火消しを行う。ご夫婦お二人の息の合った作業で、炭を労るように丁寧に、かつ手早く行われる。口開けをしたときの炭の色があまりに神々しく、神聖な空間に身を置いている感覚で、ただ息を沈めて作業を見守るしかなかった。間違っても「手伝いましょうか?」なんて言い出せる空気ではない。

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こうして駿河炭づくりの1年に1回の作業が完了する。今年の炭は良い出来、と木戸口さんも満足そうであった。

取材を終えて

この駿河炭は、何も輪島塗など伝統工芸用に限って作っているわけではない。この高性能な駿河炭は、金属やガラス、陶器類などを磨くための一般家庭用としても重宝する。しかも素材は木材そのもので、化学物質ではないので環境にも優しい。

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研磨用の炭としては、ほかにも金属研磨用に多く使われ、頑固な汚れや強いサビに効果のある朴炭(ほおずみ)などを作っているが、売上の多くはバーベキュー用などの他の炭である。いずれの炭でも必要とする方々に買っていただいて、収益が増えることがやり甲斐につながり、この道(炭焼き業界)を目指そうとする後継者の希望にもなる。

木戸口さんはまたこう続ける。「駿河炭づくりの技術を継承していくことももちろん大事だが、個人個人ではなく炭焼き業界自体を何とかしないといけない。全国に炭焼き職人が居なくなったことで、山の荒廃も進んでいる。炭をもっと日常的に使ってもらえるよう、業界全体で努力することが必要だ」と、危機感を持っている。

炭であれ漆器であれ、それを支える職人さんたちの「伝統的技術の継承」のためには、一人ひとりが日本に潤沢に存在する循環可能な木材資源にもっと目を向け、その良さや価値を見直し、日常生活にもっと取り入れて使っていくことが、何よりの支援である、と切に思う。

We Act投票の寄付金の使い道

今回We Act投票で集まった寄付金で、木戸口さんご夫妻にとって集材作業に欠かせない小型ワイヤーロープ用ウインチ2基の修理に活用させていただきました。すでに30年以上使用しており、特にブレーキに不具合が多く応急修理にも限界があったため、修理店に特別にお願いして代用部品を探し、取り寄せ、改良を行いました。そのほか古くなったワイヤーロープの買い換えや、集材のために高騰する燃料費の補填などに活用させていただいています。

皆さまのご支援、ありがとうございました。

今年もウルシネクストはWe Act投票にエントリーしています。次なる「伝統技術の継承」に役立てていきたいと思いますの で、引き続きの応援よろしくお願いします!

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