梶の葉に願いを

文と写真:中根 多香子

七月七日は五節句のひとつ、七夕の節句です。
母から受け継いだ硯箱を用いて、窓辺に七夕のしつらいを。

五十年以上使い込まれた硯箱は、ある種の風格をまとっています。
事を「成す」茄子の香合に「鹿の巻筆」を置き、梶の葉を添えました。

梶の葉姫とは織女星の別名でもあり、昔は梶の葉に和歌や願いごとを墨で書き、星に手向けたそう。
五色の短冊は中国の五行説に由来し、人がより良く生きる「五徳の心」にも通じ、それぞれの色に意味があります。

節句の由来をひもときながら、現代の住まいに合わせて空間をしつらえるのは楽しいもの。
私はこれを「うるし歳時記」と名付け、和の伝統を取り入れた、漆のある暮らしをご提案しています。

 

私が和の伝統に惹かれたきっかけは、日本の美意識を大切に暮らす、母の影響によるところが大きいといえるでしょう。
「多香子さんのお母さまは達筆ね」
子どものころ、周囲の大人によく言われたもので、思い出すのは文机に向かい筆を走らせる母の背中です。

春には春蘭の蒔絵、夏は鉄線花、秋は秋草文様…
書を嗜む母にとって、硯箱は心ときめく漆コレクション、四季折々に蒔絵の意匠も衣更えしていました。

こう書くとまるで優雅な奥様のようですが、当時は少数派の働く女性で、賞与の度に工藝品を求めていたそうです。
美しい沖縄の織物や輪島の漆塗り、選ぶのはたいてい「飾るもの」より「使うもの」で、それらは日々愛着を持って使うほどに、深い味わいを増していくのでした。
勤め人としてせわしない日常において、暮らしの中に美を見出す「工藝」に、心の安寧や豊かさを得ていたのでしょう。

「こうして作品を買うことが、作家さんや職人さんを応援することに繋がる」と話してくれたときは、支援の形も様々なのだと感じ入ったものです。
気候風土が生み出す恵み、脈々と受け継がれてきた誇り高き匠の技。
母は工藝品の価値を若くして認め、理解していたのです。
そうした母の姿を通して、佳きものを丁寧に扱うことや長く大切に使うという心が、ごく自然に育まれたような気がいたします。

 

天の川を渡る船の「舵」に掛けた「梶」の葉には細かなうぶ毛があり、墨の文字がよくのります。
芋の葉の露で墨を擦り願いごとを書けばそれが叶うという言い伝えにならい、今年は梶の葉にしたためてみましょうか。

今宵 星合の空に、みんなの願いと祈りが届きますように。

執筆者プロフィール

中根多香子
中根多香子
漆芸プロデューサー / 箸文化大使

JAL国際線CA・要人接遇を経て、YUI JAPAN設立。「うるしのある麗しいくらし」をテーマに、心豊かなライフスタイルを提唱。美しい伝統を大切に、輪島塗、和の作法など日本の美意識を国内外へ伝え続けている。ウルシネクストパートナーとしてSDGsにも注力、漆を通じて平和で持続可能な社会を目指している。

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